【落合陽一氏の授業】機械も生物も同じモノ【ニュースアプリにて視聴】

落合陽一の授業

想像大学教員でメディアアーティストでもある落合陽一氏。どんな授業をしているんだろうと思っていました。

そんなとき、ニュースアプリ「News Picks」で放送の「Weekly Ochiai」、2018年6月13日の「日本社会をアップデートせよ」にて講義!

大学の授業のようで感激。ムズカシイ言葉が多く出て来ましたが、一つ一つ調べてみると納得しました。以下の記事にしています。

講義の内容は、要するに「テクノロジーが発達すると、機械も生き物も同じモノとして捉えられる」「機械が自然の中に溶け込む」というもの。

落合陽一氏が「デジタルネイチャー」と呼ぶ状態です。

日本社会をアップデートせよ

落合陽一氏の授業が見られる

体験無料だけど、継続利用の場合有料会員に申し込む必要あり(月1,500円、年契約で割引)。

番組内容から、落合氏の講義を中心にレビューしています。

落合陽一氏「デジタルネイチャー」講義

落合陽一氏のデジタルネイチャー講義

番組内での落合陽一氏の講義。ホワイトボードを使って大学講義のよう。News Picks最高!

落合氏の講義での発言を冒頭から引用しつつ、以下に書いています。

生物とコンピューター

落合氏の発言。

「地球上に最初に生まれた計算機は、DNAを持った生物で4進法で進むデジタル計算機である。非線形現象(比例的・相対的でない感じ。張り巡らされた人間の神経や血管のようなイメージ)を基にした神経系を持つのが生物。

デジタルネーチャーとは、

生物が生み出した量子化(原子や、さらに小さな点をつないで生物が成り立つこと)という英知を

計算機テクノロジーによって再構築することである」

たしかに!DNAって設計図ですね。コンピューターの設計図やOS、プログラミングのコードと同じ。

生物の成り立ちをコンピュータで再現できれば、生き物や自然物質と見分けがつかない。

落合氏の発言。

「計算機テクノロジーによって再構築することとは、

統計的な誤り補正と、統計的な微分処理、偏微分を自動化するようなアプローチを

計算機テクノロジーによって再構築すること」

生物が変化に対応することを、コンピュータで再現するということのようですね。

「生物的デジタル処理と、

地球46億年かけて作ったイテレーション(繰り返すこと。例えば鯖の背中の模様は、長い時間をかけて太陽の白さと海の青さを写したもの。敵から身を守る)。

イテレーションを計算機なら1秒間にCPU3ギガ回とか回せる。生物だったら一年に1回。処理を回すことで、コンピューター世界のものを、現存する自然を更新する程度に、

生態系にミックスしてしまうこと」

生物もコンピュータも「繰り返す処理」は一緒。

すでにパソコン・スマホ・LINE・Facebook・Googleなどは、アップデートを繰り返し、生活の一部として生態系にミックスされつつある。

近代の問題を解決

近代の問題を解決する

落合氏の発言。

「人間と自然が2項対立で語られていた問題を、デジタルネイチャーで解決。

『一つの人間的に定義された超自然(意味を広げた自然)を作って、その中に、人と生物計算機とかを入れてしまうというような自然観の更新これをデジタルネーチャーと呼んでいる」

コンピューターなどのデジタルなモノが、生活や自然に溶け込む状態のことですね。

「世界中にあるデジタルデバイス・IOT、汎神化(一般的に広がって自然と同一化した)したユビキタスデバイスっていう外側の存在と、コンピューターの内側でイテレーションを回していくっていう内側の存在

ほぼ等価であるというような思想に基づく」

外側にあるコンピューターも内側にあるコンピューターも似たような状態になる。

「CGで中を作るのとCGで外を作るのがほぼ一緒になってきた時に、超自然と定義された新しい自然は、人間の解像度や人間の外在的な自然、もしくは生物の外在的な自然。

その無機物でできた世界じゃなくて、生物的にできた自然というものを、もう一回デジタルで定義し直すというプロセスが世界で進行中であると」

自然を、デジタルで作り直す。

戦後から2000年くらいまでは、コミュニケーション手段のメインが「言葉」だった。そのため、「人間」と「自然」といった定義が決まった言葉で表現するしかなかった。

でも本来、いろんな人間や、いろんな自然があるはずです。言葉で表現できないものがたくさんある。

ところが、コンピュータは、言葉にとらわれず映像や音の表現などいろいろなことができる。それを自然の中に取り入れて、社会を回すのが、これからの時代ということです。

言葉をコンピュータが越え、新しい表現に

新しい表現

「『人間』と『社会』という二項対立で存在する国民国家や社会システムという枠組みを

どうやってテクノロジーとデジタル処理によって成り立つ超自然を用いて、人間・社会を更新するかという対応関係が必要である」

日本に馴染みにくい西洋思想を、テクノロジーによって、日本の東洋的多神教の世界観へ更新していきます。

「『計算機と非計算機に不可分な環境を構成する』というのは、『デジタル計算機と生物』と『そのほかの無機物』やいろいろなものがあった時にどっちがどっちかわからないということ。

『デジタルな金魚が浮いているらしいのか』もしくは『フィジカル(物理的)な金魚なのか』分からないという関係(CGと現実の見分けがつかない)を構築することで、計数的(数として捉えられる)な自然を構築する」

デジタルで、人間には見分けのつかないいろいろな自然を表現していく。

そうすると、今まで言葉で定義されていたものが曖昧になる。日本人が得意とする曖昧さ・東洋的世界観を作ることができるんです。

「デジタルによってバックグラウンドを支えられる定義された超自然が内包されるということ(コンピュータで作られた自然が、今までの自然の中にあって見分けがつかないこと)。

つまり、この世界がデータで取られていると、どれも計数的(CGと現実の見分けがつかず、それぞれ数で捉えられる)。

数字で計られている自然を構築して、そうすることで、近代的な『社会と個人』の定義を乗り越える」

自然観の更新

「例えば

『言語と現象』・・・

低次元化したものが言語、入力と出力に見られるような解像度の高いものが現象(言語は意味を限定してしまうが、現象はその場のすべてを表せる)。

どうやってその二項対立を乗り越えてどっちも等価の関係にしてしまうのかとか、アナログっていう連続量とデジタルっていう離散量の関係性を、解像度を埋めて乗り越える。

『主観と客観』・・・

カメラパースペクティブで決まったところから見ているのか、全体を俯瞰して見ているのかっていうのが計数的になった瞬間に視点っていうのはどっちに行っても同じになる。

全てデータになれば一箇所からでも俯瞰した視点でも作ることができる。

『風景と景観』・・・

全体のシーネリー(風景)なのかなんらかの指向が入った形式なのか。

 

っていうような二項対立で定義されてきたやつを

ごちゃ混ぜにして、双方向的にアップデートしながら乗り越える自然。これがデジタルネーチャー」

以上が落合陽一氏の講義。

ようやく分かってきました。コンピューターが自然を再現すると。人間にはどっちが自然なのか、コンピュータ自然なのか分からないと。

言葉ではないコミュニケーション手段で、言葉に偏っていた社会がなめらかに良い感じに回っていくということですね。

すでに、自然とデジタルの境目がなくなる兆しが。ワクワクする授業でした

自然とデジタルの境目がなくなる兆し

Google mapでは全体を見ることも、ある一点から見ることもできる。その土地に行った気分にさえなれます。

テレビに映った犬の鳴き声に反応して、犬は吠えます。犬にテレビと現実が見分けられない。きっと人間にもコンピュータと現実の見分けがつかなくなる。

LINEのAIチャットbot「りんな」やバーチャルYouTuberを進化させたアンドロイドと恋愛したり、子どもを産んで育てるような経験さえも本物と区別がつかない程度に実現できる未来もあり得そうです。

人間と人間との間で行われていた非効率な部分が消え、最適化されうる。

未来をワクワクさせる落合陽一氏の講義。こんな大学の授業はテレビで流して欲しいくらいに思いました。

以上となります。

落合氏は番組内で「日本の信仰心」について述べています。

氏の著書と3年前の氏の発言をもとに記事を書いています。 ↓ よかったら見てみてください。では!

【落合陽一氏の思想】拝金の次の信仰「自分なりの価値を見つけて行動」