【落合陽一氏の思想】拝金の次の信仰「自分なりの価値を見つけて行動」

落合陽一氏の思想と信仰

何を信じればいいのか「何を目指して、信じて生きるか」。人生の中で、誰もがぶつかりそうな問い。。

そんな問いに対して、明快に答えていく落合陽一氏の考え方が好きです。

大学教員でメディアアーティストでもある落合陽一氏。氏が出演しているニュースアプリ「News Picks」で放送の「Weekly Ochiai」にて、彼が考えていることを見ることができます。

本記事では、放送内容や氏の著書、過去の発言から、「新しい時代に日本人が信じていくべきもの」について書いています。

結論として「自分自身が感じる感動を軸に、社会に良い影響を与えるよう打ち込む」ということ

では、社会の変化とともに信仰がどう変化していくのか、落合陽一氏の考え方を見ていきましょう。

落合陽一氏の思想。「愛情・情熱」信仰

「愛情・情熱」を信仰する

日本社会をアップデートせよ

体験無料。継続利用の場合、有料会員に申し込む必要あり(月1,500円、年契約で割引)。

番組では、落合陽一氏の著書「デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂」を紹介しつつ、近代の歴史から日本人の信仰について語っています。

  • 戦前までは、天皇を信じて生きてきた。
  • 戦後は、高度経済成長と中流思想、拝金を信じてエコノミックアニマルとして生きてきた。
  • そして、人口減少社会となり、GDPで中国に抜かれた日本

さて、これから何を信じて、信仰して、目指して生きていくか。キリよく「平成」が終わります。

今回のNews Picksで紹介された氏の著書「デジタルネイチャー」が基礎編で、氏の過去の著書「日本再興戦略 (NewsPicks Book)」は応用版とのこと。

番組では、著書「デジタルネイチャー」の説明をメインにしていましたが、応用版の「日本再興戦略」にもこれからの生き方について書かれている。

その「日本再興戦略」で「複雑なものや時間をかけないとなし得ないことに、自分なりの価値を見出して愛でろ」と述べています。

これからの生き方は「自分なりの価値を感じるものに愛情を注いで発信する」ことという考え。

好きなことや、得意なことを発信

よく自己啓発本なんかで言われる「好き・得意を発信する」ということ。

そして、愛情があるから継続できることがあったり、継続できるから熱量が生まれたりする。または献身・貢献に対する共感が起こる(「いいね」ボタンを押される状況)。

つまり、「愛情信仰」・「熱量信仰」・「共感信仰」とでもいうべき状況になるのか。

「戦前なら天皇の命令(宣旨・詔勅・赤紙など)で人が集まった。

戦後なら物資やお金に人が集まった。

平成後は愛情・価値熱量・共感に人が集まった」という移り変わり。

信仰で人が集まる

ただし、落合氏の発言で気になったのは「コンピューターによって、言葉で低次元化しなくて良くなる」。信仰や主義を言葉で定義しない方が良いのかも知れない。

あえて言葉で表現すると「自分なりの価値を与え続けることに打ち込んだ結果、生態系に良い影響を生み出し続ける状態」。

個々人の価値基準の発信が目指すべき、信じていくべきものであり、それを自発的に続けてしまう、または積極的に続けていくことだということです。

もちろんお金も大事だけど、お金を目的とする「拝金」ではなく、お金を手段として「熱量」を注ぐことになる。

お金を手段として、熱量を注ぐ

一目で分かりやすいのは、YouTuber。「100万円で〇〇やってみた」とか好きなことにお金使って発信していますね。

(HIKAKINさんはヴィトン好き。3,000万円でルイヴィトンのトランク買う動画やってました。すごいw)

落合氏の語る、新しい信仰の状況を細かく分解すると

  • リスクを取りつつ、今ある選択肢の中でできそうなものから、まずやる(やりたいことが明確になる)
  • 日本人がもともと持っている東洋思想をもとに自分の地元(ローカル・バックグラウンド・コミュニティに対する帰属意識)から始める
  • 自分が五感を通じて感じる価値を見出したものを扱う(拝金では無いとはいえ、価値を最大化するために、最大限の料金を受け取る努力はすべき)
  • サイエンス、アート、デザイン、フィロソフィーなど、人の培ってきた営みに敬意を払いつつ、それぞれを時代に合わせていく
  • 時代に対しての貢献(文化やモチベーションの原動力となる)を意識
  • グローバルマーケットも見据えて流通させる

つまり、「自分の価値観」「社会への良い影響」の2点が大きな意味を持つようです。

「人間は手段で、社会が目的」。理にかなった考え方

人間が手段で、社会が目的

「人間は手段で、社会が目的」。番組内で落合氏が人間と社会の関係を発言した重要な部分です。

戦前は天皇制。戦後は民主主義・高度経済成長。キリスト教的な西洋国家の思想を根本に取り入れていった。

そうした思想は、人間は「個々人が理性的で合理的に判断して責任が取れる」という仮定で成り立っています。そうすると、民主主義が可能になる。

しかし、現実的に、そんな立派な人間はいない。村社会的な日本にも馴染みにくい。

心のよりどころが曖昧なまま、民主主義と高度経済成長、戦後中流幻想から、政治やテレビ・新聞などマスメディアによって、拝金(エコノミックアニマル)主義に染まっていく。

で、社会全体がうまく回らない。「あんまり楽しくないな」、「有意義に感じないな」と行き詰まっていくと。

アメリカは大統領の宣誓によって契約が可能になります。人間存在よりも上位の存在を仮定して、信仰・達成していくのです。

ところが、宣誓することのない日本は社会全体を回すシステムがうまく回っていない。

テクノロジーによって信仰を定義

そこで、落合陽一氏は「テクノロジー」で定義しようとしています。

「日本人が信仰しているのは自然宗教。

自然宗教の一部としてテクノロジーが捉えられるかどうかっていうのは大きなパラダイム」

自然信仰の日本には、テクノロジーが身近になると相性が良い。

例えば、仮想通貨として有名になったブロックチェーンやスマートコントラクトなどの技術も、その技術力が向上していけば日本文化に馴染みます。

落合陽一氏の発言。

「人間とは手段であり目的ではない。

社会のための手段が人間。社会を回すエコシステムを成立させるための人間。

人間を目的とした社会は破綻すると考えている」

「人間が手段」というのは一見過激な発言にも思える、しかし近代の状況を見れば納得がいく。

確かに「拝金」では、人間の存続自体を目的としている。存続ばかりを目的としている企業も同じです。

私も社会をより良いものにするという目的のために動いていくことが重要と感じます。そう思ったとき、「人間とは手段だ」ということに気づく。

(ちなみに番組内では、落合陽一氏の大学の授業のような講義があります。それをレビューした記事も書いています。よかったらどうぞ)

ニュースアプリにて【大学教員・落合陽一氏の授業】機械も生物も同じモノ

以下、信仰について番組内と同じようなことを著書や3年前のTwitterでも発言しています。

信仰について「氏の著書『超AI時代の生存戦略』」。【自分の価値基準】という思想

超AI時代の生存戦略超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト」に、落合陽一氏の信仰についての考え方が述べられています。

52ページ 信仰心

「信じる」という単純なことが、個人のメンタル維持にも原動力にもなる

今の時代を生きる私たちにとって、「信仰心」は必要なのだが、ここでいう信仰というのは宗教という意味ではなく、「何が好きか?」「何によって生活が律せられるか?」「何によって価値基準を持つか?」という、「自分の価値基準は、なんなんだろう?」という問いに対する

個人の答えのことだ。

外側や誰かが決めた価値ではなく、自分の内側にある価値。

戦後に得た信仰は、「お金を稼ぐことは正しくて、自己を実現することも正しい」という「拝金と自己実現」の信仰のことだ。

けれど、今の時代、実はそれはあまり正しくなくて変な信仰になりつつある。全員が同じ方向に向かっているときや共同幻想を用いるとき、生産性を向上させる信仰だけれど、今の時代には足かせである。

そもそも今は全員が同じ方向に向かっていない

〜中略〜

だから、人によっては、「趣味に生きる」ということが信仰だったり、「子育てする」ということが信仰だったりする。

大切に感じることは人によって違います。

「自由な時間」なのか、「人への貢献」なのか、「コレクションを集めること」なのか、いろいろな嗜好がある。

そういう時代に、私たちがどんな信仰心を今までと違って持たないといけないのだろうか。

「〇〇という価値は自分にとってどういう意味があるんだろう?」や、「入ってくる情報は、自分の価値基準に照らし合わせたら、どういう意味なんだろう?」ということを全員が全員、別々に考えなければいけないわけだ。

全員が全員同じ方向を向かせられていた、教育はもう意味が無いし、同じ方向を向く「拝金や自己実現」はあまり役に立たない。

個々人の価値や衝動が、個々人の信仰の基準ということです。

ちょっと前の落合陽一氏。思想に一貫性あり

ちょっと前にさかのぼる

落合陽一氏の考え方をより深く知りたく、考え方を調べました。

ちなみに私は、落合氏の著書の中で読んだのは以下の本。

(著書のうち、「これからの世界をつくる仲間たちへ」は落合氏本人からネガティブな感想を聞いて手を出していません。。編集で本人の表現を少し曲げられた様子だったので。。)

2015年3月31日 ツイログ「人間が手段で社会が目的」

https://twilog.org/ochyai/month-1503

同調圧力に打ち勝て

「同調圧力に打ち勝て」

「好きとは取捨選択であり、愛はその賞与」

「自己と向き合い、内なる自分と和解することで自分を革命しろ」

3年前から同じことを発信しています。先見の明ありすぎ。

3年前・・・。私は無意識にみんなと同じなら安心と、終身雇用を信じ切って、会社に身を捧げていました。。

人間性を捧げろ

「人間性を捧げろ!」

人間が手段で、信仰・社会が目的。

うまくやっといてくれる結婚式プランがほしい

↑ ちなみに、結婚についても。

「結婚式の決定事項の多さは暇人の願望にしか思えん」

「何もしなくても結婚式が挙げられるサービスが求められている。お金払う側なのになぜあれこれ決めないといけないのか」

「ご自身で投函とか言われたときに、DM業者使ってよそのくらい!とホテル側と喧嘩」

確かに・・。お金を払っているのにストレスを感じさせられる結婚とは一体笑・・。

2015年2月20日 togetter「感動を社会善にする」

信仰対象としての研究
「人生や命には等しく価値がないと僕は思っています」
「全てが無価値で自分も例外でないを諦めた上で何を頼りに生きるかと考えたとき、
他者からの評価に関係なく自分が感動するものまたその価値に殉じても社会善となりうるような信仰対象を探して、研究を選びました」

自分が感動する信仰対象という表現に、一貫した思想を感じられます。

2015年2月14日 twitter「信仰は命よりも重い」

僕は科学芸術信仰に生きていて,それは命よりも重い

信じられるものを見つけた時点で既に救われているのだ

発言はちょっと過激で揚げ足をとる人もいそうですが・・。

ここでもやはり、人間が手段で信じるものが目的と言っていますね。

まとめ:「拝金」の次の信仰。人それぞれの感動・人それぞれの価値

たしかに人生は無価値。単に生き長らえたところで何も感動は無いです。

それよりも他者からの評価に関係なく自分が感動できるもので社会善となりうるようなコミットできる信仰対象として、落合氏は研究を選んでいます。

私も、自分の感動を軸に打ち込むのが価値のあることだと感じました。

落合氏の著書のうち、「日本再興戦略 (NewsPicks Book)」と、「超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト」が落合陽一氏の考え方の入門として特に分かりやすかったです。よかったら見てみてください。

最後まで読んでいただきありがとうございます。では!

生きる意味が分からない!答えがほしい!