生きる意味が分からない!答えがほしい!

生きる意味について考える

「何のために生きているんだろう・・」これは、私が大学生の頃思って以来ずっと悩んでいたことです。浪人して、目標の大学に合格。しかし、燃え尽き。。

思えば、中学生の頃に「おじいちゃんが行ってた大学と同じ大学へ行こう」と思い始めて勉強し始めたものの、人生の目的を果たしてしまった状態。

いろんな本を読んでは答えを探しましたが、いまいちピンと来ず。かれこれ十数年。とりあえず楽しく生きるようにして、死のうとしたことはありません。

結局、悩み苦しむくらいなら、なるべく気分良く生きた方が良いという結論。

ただ、もし生きる意味に答えがあるなら、知りたいという気持ちはあります。

✔️ 本記事の内容

  • 答えを求めるから悩む
  • 生きる意味。自分なりの答えにたどり着いた手順
  • 最後に:なるべく「開き直る」「気分良くいる」

私の経歴について少し触れます。大学在学中に一年留年。その後は2社営業職を経験後、公務員試験に向け勉強。めでたく不合格となり、学習塾で正社員として7〜8年ほど働きました。

そんなボコボコの人生を送りつつも、まあまあ楽しく生きています。

答えを求めるから悩む

答えを求めるから悩む

「生きる意味」ってなんだろう・・。マジメに考えれば考えるほどドツボにはまりそうです。

「目的が分からないのに、やらないといけない」。生きる意味の答えを知りたいってこんな状態に似てるのではないでしょうか。

目的が分からんのに何でこれやってんの??っていう状態が、何年も続くとつらいですよね。

意味を求め、大学入学後サークルをふらふら

大学入学し、とりあえず、目的を求めて1年間はいろんなサークルに顔を出してみました。

吹奏楽・バスケ・テニス・絵画・鬼ごっこ・手品・ギター・経済・ジャズ・・・。どれも特に響かない。無気力に過ごす日々。イヤになりますね。せっかく若いのに何もしないなんて。

結局、大学2年生で1つのサークルに決めます。アナウンス研究会というサークルです。声を出すのが好きだったので、やっていることが有意義な気がして楽しかった。

そこから楽しいと思えるアルバイトにつなげることもできたので、一石二鳥でした。

大学卒業後、仕事をふらふら

せっかくサークル活動が楽しいと感じていたのに、就職活動。

就職はあまり有意義に感じていなかった・・。今思えば、自分の気持ちが「こっちの方向じゃない」と言っていたのかもしれません。

「仕事=有意義ではない」というイメージにハマってしまう。また、会社をいろいろ見て回ったんですが、「アピール」というのが苦手。

企業側からのアピールを見るのも苦手だし、自分をアピールする「自己アピール」というのも違和感。「なんで本音を言わないの?」と仕事に対して疑問の日々でした。

今思えば、「自分の良さを相手に提供する」っていうのはビジネスでも恋愛でも基本だと思っています。

相手の立場に立てず、自分しか見れていなかったんだなあと思いますね。「相手の立場に立つ」って今も難しいですが汗

生きる意味。自分なりの答えにたどり着いた手順

自分なりの答えにたどり着いた手順

生まれてからとりあえず三十数年経ちましたが、気分良く生きています。

自分なりの答えには

  • 考えながらも、たくさん情報収集
  • 人間も動物。目的は、種の保存
  • 自分だけ苦しんでるのは損な気分。開き直る
  • なるべく気分良くいる
  • 気分良くなれる目標に向かう

という順番でたどり着き、今の自分を作っています。

分からず考えながらも、たくさん情報収集

視野が狭い中で考えていても、答えはなかなか見えて来ないんじゃないか。ということで、本やネットで情報収集。

同じジャンルの本を4~5冊など複数冊並べて読む。図書館に行けば同じようなジャンルを読みたい放題。ゴッソリ持って行って読み飛ばしまくり。ネットも検索したら、タブを開きまくる。

あとは、ツイッターでフォローしまくって読みまくる。ニュースサイトも見出しだけでも目に触れさせる。それを何日か繰り返す。

そうするとドツボにハマることなく、ある時「あ!こんな考え方もあるんだ」となることもあります。

まあ、決定的な答えってなかなか無いんですけどね。でも新しく物事を知る楽しさはあります。

人間も動物。生きる目的は種の保存らしい

いろいろ情報を得ていくうちに、「人間も動物だ」という当たり前のことを知る。

そして、生き物の目的は「種を保存すること」だと改めて感じました。

「食べ物を食べて寝る」「子どもを育てる」「社会貢献する」。そんな「種の保存」に向けた動きをすると、脳が活性化して脳内物質が出て意義を感じられるという構造に納得がいく。

逆に「自分や他人を傷つけ」たり、「破壊的なこと」をしたりすると、脳が萎縮するそうです。脳のスキャンを見ても明らかに小さくなる。

そういえば、「彼女を作りたい」と自分磨きに必死になっていた頃を思い出します。十数年経った今も彼女を作るべく磨き続けていますが・・・orz

さて、人間は「種の保存」プログラムに乗っかるしか無いと知りました。最近、「生き物はプログラミングされた設計図に従って生きている」という科学の見解があるそうです。

 

確かに微生物から発展した動物は、その生態系を守って、種を受け継ぐことだけが目的なのかもしれない。

でも、そう考えてみると手品のタネ明かしをされたようで、逆にガッカリって気分にもなります。

自分だけ苦しんでるみたいで損な気分。開き直る

開き直ろう

「種の保存。社会貢献して、生きて死ぬだけ」そんな方程式を感じる。そうすると「自分じゃなくても良くない?」「自分が生きてる意味なく無い?」と感じてしまう。これは苦しい。

私の場合、「自分が暗い考えになるのは損」っていう考えに至りました。学習塾で仕事をしているうちに子どもたちに触れ合って、楽しそうに遊んでいる子を見ることが多かったからかもしれません。

子どもはその日その日を楽しそうに暮らしている。でも、その活動に特に意味は無い。それでいいのかもと思っていき、開き直るのもいいなと思いました。

太宰治・芥川龍之介・三島由紀夫など自殺した文豪って有名ですよね。正しさを追求して、自分の楽しさを失っていったんじゃないかな。

頭の良い人はたくさんのことを知っているから、正しいことも知っている。正しい知識が偏っていくと、自分自身の楽しさが追いやられてしまうのかもしれません。

なるべく気分良くいる

なんだかメンドくさくなった私は自分の損得を考え、なるべく「イヤなことはやらず開き直ろう」という結論に達しました。

私の大学時代の先輩の名言を思い出します。

「全力で手を抜く」

聞いたときは、大学の定期試験の前だったんですがまさにこれだなと。定期試験は過去問が重要。まんべんなく勉強しても効率が悪いので、ヤマをはる。

生きる意味を考えるのもこれと似ていると思うんです。考えすぎて、気が重くなる必要はない。全力で手を抜こう。生きる意味は「なるべくイヤなことは手を抜いて、とりあえず楽しい」でOK。

気分良くなれる、意味を感じられるような目標に向かう

意味を感じられるような目標に向かう

気分良くいられて、意味を感じられるように生きたい。

もちろんその場だけ楽しければいいのではなく、長い目で見ても楽しいっていう状況。そのためには目標が必要だと思いました。

「こうなったら楽しいだろうな」っていう目標を持ったらそこに向かっていく日々は楽しいものになるんじゃないか。

そう思って今は、ブログで自分にとって役立ったことを発信する目標を持って日々を生きています。

最後に:なるべく「開き直る」「気分良くいる」

生きる意味考えて、気分が沈んでもつまらないし、損だと思うんですね。

マジメに考えすぎず、自分のなりたい姿に向かって目標を持って生きる日々が楽しければ良いのかなあと思っています。

もし、「『生きる意味』はこれだ!」ってはっきりとした答えがあったら知りたいとは思いますが・・。

最後まで読んでいただきありがとうございます。では!

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